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本当にがん保険は不要?がん治療の「経済毒性」とがん保険の役割
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相談者
相談者:10年前から御社の「SBI損保のがん保険」に加入しています。保険料が割安で自由診療も含めて幅広く補償が受けられる点に魅力を感じて契約しました。ただ、50代も半ばになり、保険を見直して、老後に備えて貯蓄や資産運用に回したほうがよいのではと悩んでいます。ちょうど、今年が更新時期で、保険料が上がります。現在の状況は、シングル女性、持ち家(住宅ローンあり)、ひとり暮らし、正社員(協会けんぽ)、年収600万円、貯蓄額1,500万円です。私の場合、がん保険は必要でしょうか?
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黒田FP:諸外国に比べて、公的保険制度が充実している日本では、ご相談者のような方ががんに罹患しても、経済的にそれほど困窮しない可能性もあります。ただ、がん医療の進歩によって、医療費の高額化や治療期間の長期化が顕著です。特に、さまざまな新しい薬物療法の登場は、がん治療の「経済毒性」を引き起こし、がん患者さんの予後やQOL(生活の質)に影響を及ぼしていることが医療現場でも問題視されています。がん保険で、経済毒性を完全に解消することは難しいと思いますが、最新のがん医療に対応したがん保険などが解決の手立ての1つであることは間違いありません。がん治療やがん患者さんの現状を知ったうえで、自分にとって必要かどうかを見極めることが大切です。
病気になる前に確認しておきたい高額療養費制度の自己負担限度額
がん保険に加入しているけれども、健康上特に不安はなく、毎年職場で検診も受けている。年収は安定していて貯蓄額もある程度お持ちというご相談者です。正社員ですので、病気やけがで働けなくなっても、勤務先の福利厚生制度や、高額療養費、傷病手当金などの公的保険制度が利用できます。
病気になる前に確認しておきたいのが、高額療養費制度の自己負担限度額です。
ご相談者の年収は、高額療養費制度の所得区分でいうと、③区分ウに該当します。仮に、総医療費が100万円かかったとしても、自己負担限度額は87,430円[=80,100+(総医療費100万円−267,000円)×1%]に抑えられます(【図表1】参照)。
【図表1】70歳未満の方の自己負担限度額
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所得区分 | 自己負担限度額 | 多数該当(※2) |
---|---|---|
①区分ア |
252,600円+[総医療費(※1)−842,000円]×1% |
140,100円 |
②区分イ |
167,400円+[総医療費(※1)−558,000円]×1% |
93,000円 |
③区分ウ |
80,100円+[総医療費(※1)−267,000円]×1% |
44,400円 |
④区分エ |
57,600円 |
44,400円 |
⑤区分オ |
35,400円 |
24,600円 |
- ※1:総医療費とは保険適用される診察費用の総額(10割)です。
- ※2:療養を受けた月以前の1年間に、3か月以上の高額療養費の支給を受けた(限度額適用認定証を使用し、自己負担限度額を負担した場合も含む)場合には、4か月目から「多数該当」となり、自己負担限度額がさらに軽減されます。
- 注)「区分ア」または「区分イ」に該当する場合、市区町村民税が非課税であっても、標準報酬月額での「区分ア」または「区分イ」の該当となります。
※出所:全国健康保険協会「高額な医療費を支払ったとき(高額療養費)」
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g3/sb3030/r150/
つまり、どんなに高額な治療を受けても医療費は1か月約9万円まで。さらに直近12か月で3回、高額療養費制度の適用を受ければ、4回目以降は負担が44,400円までとなる「多数該当」のしくみもあります。
協会けんぽの調査(※1)によると、高額療養費制度を「利用したことがある」のは 25.0%、「利用したことはないが、内容を知っていた」(32.8%)と合わせると、認知率は6割程度(57.8%)です。筆者がご相談を受けていても、高額療養費制度については何となく知っていても、ご自身の自己負担限度額、つまり、1か月どれくらいの医療費を負担すればよいのか正しく把握している方はほとんどいません。
自己負担限度額は、加入している公的医療保険によって基準が変わり、会社員が加入する協会けんぽや組合健保は、「世帯主の月収」ベース。自営業・自由業などが加入する国民健康保険は、「世帯全体の年収」ベースになります。
ですから、夫に扶養されている専業主婦の場合、ご自身に収入がなくても、夫の年収が高ければ自己負担限度額のハードルがあがってしまい、高額療養費制度が適用されなかったという方もいらっしゃいます。
ただし、高額療養費制度の対象になるのは、保険診療部分のみです。入院して個室に入った場合の差額ベッド代や保険適用外の先進医療、患者申出療養、自由診療などの医療費、通院時の交通費などは対象になりません。
がんの診断から治療にかかるお金は、がんの種類や進行度、治療に対する価値観などで変わってきますが、医療費やそれ以外の費用も含めた自己負担費用の総額の平均は、ステージ0期からW期まで25万円から112万円です(※2)。
いずれにせよ、ご相談者には1,500万円の貯蓄があります。がんになってもかかるお金を貯蓄でまかなえるというのであれば、がん保険を解約するのも1つでしょう。
- ※1:全国健康保険協会「医療と健康保険に関する意識等調査報告書(平成27年10月)」
- ※2:ティーペック株式会社「2022年がん罹患者の治療実態調査」
費用について詳細は、本コラム第18話をご参照ください。
がん治療の「経済毒性」とは?
でもちょっと待って!解約する前に、もう少し、がん患者さんの治療費の現状を紹介させてください。
たしかに、前述のとおり、諸外国に比べ、日本は高額療養費などの公的保険制度が充実しています。しかし、近年、医療者の間では、がん患者さんの治療にともなう経済的負担が問題視されており、がん治療の「経済毒性(financial toxicity)」と呼ばれています。
経済毒性の構成要素は、①支出の増加、②収入・資産の減少、③不安感の3つです。
がんに罹患することで、医療費やそれに関連する支出が増えたにも関わらず、働けなくなって収入や貯蓄の取り崩しが進む。病気になって、ただでさえ不安なのに、お金のことが心配で、治療にも専念できない。このような構図は、本コラム(「特設コラム 〜がんにかかった今だから言えること〜」)でも、度々取り上げてきました。
治療における毒性としては、抗がん剤治療の「心毒性(※)」も要注意なのですが、こちらの副作用の対象は患者さん本人のみ。一方、経済毒性は、患者さんだけでなく家族やパートナーにも甚大な影響を及ぼすものです。
- ※抗がん剤治療が原因で起こる循環器系の合併症のこと。乳がんや血液がんの治療で標準的に使用される「アントラサイクリン」系抗がん剤には高い治療効果がある一方、患者の約10%で心臓の機能に障害が起き、一部に重い心筋症を発症する強い副作用が出るとされる。
がん治療の「経済毒性」が生じる背景は?
医療者が、がん治療の「経済毒性」を問題視する背景には、がん治療の進歩で、医療費が上昇していること、生存率の向上で治療期間が長期にわたっていることが挙げられます。
がん治療にかかる費用の「高額化」と治療期間の「長期化」については、本コラム第1話をご参照ください。
医療費の高額化という観点では、特に薬物療法が顕著です。
薬物療法には、「化学療法」「ホルモン療法(内分泌療法)」「分子標的療法」など、いくつか種類があります。このうち、化学療法で使われるのが「細胞性障害抗がん薬」という薬剤で、化学療法=抗がん剤治療のイメージが強いかもしれません。
東京都福祉保健局の「東京都がん医療等に係る実態調査報告書(平成31年3月)」によると、受けている/受けた治療(複数回答)のうち最も多かったのが「薬物療法(化学療法)」(68.4%)で、「手術」(66.0%)よりも割合が高く、「ホルモン療法」(15.7%)を加えると8割以上の患者さんが何らかの薬物療法を受けていることになります。
薬物療法は、従来の抗がん薬に加えて、2000年代に入り、分子標的薬の登場で大きく予後が改善しました。これまでの抗がん薬が、がん細胞だけではなく正常細胞も破壊してしまうのに対し、分子標的薬は、がん細胞の増殖に関わる特定の分子に狙いを定めてピンポイントで攻撃したり増殖を抑えたりします。副作用がないわけではありませんが、従来型に比べて患者さんの負担が少ないのも特長です。
2001年に乳がん治療薬としてハーセプチン(一般名トラスツズマブ)、慢性骨髄性白血病 (CML)の治療薬としてグリベック(一般名イマチニブメシル酸塩)、2002年に肺がん治療薬のイレッサ(一般名ゲフィチニブ)が保険適用されて以降、分子標的薬の開発は目覚ましいものでした。
一方、患者さんの経済的負担が確実に増えたのも事実です。
ハーセプチンは、3週間ごとに点滴静注しますが、1回当たりの標準的な費用として、初回投与:99,520円/回、2回目以降:69,340円/回(このほかに併用薬の費用が必要)かかります。投与期間は術前・術後合わせて1年間です。
また、肺がん患者さんに多く処方されているタグリッソ(一般名オシメルチニブメシル酸塩)は、2016年に保険適用されました。1日1回投与の経口分子標的薬で1錠は約2万円。1年間服用すれば、なんと約730万円かかります。
いずれも、高額療養費制度などが適用されれば、実質的な自己負担は減ります。しかし逆に、適用されないと、到底受けられるものではありません。
免疫チェックポイント阻害薬の登場で治療費の高額化が進む
さらに、薬物療法の高額化に拍車をかけたのは、2010年代に登場した免疫チェックポイント阻害薬でしょう。これは、新しいタイプの分子標的薬で、がんを直接攻撃するのではなく、がんを攻撃する「免疫」を標的にします。つまり、患者さん自身のリンパ球を活性化させ、がんを攻撃するリンパ球が思う存分働けるようにするわけです。
2014年に悪性黒色腫治療薬としてオプジーボ(一般名ニボルマブ)が保険適用になると、治療の効果への期待とともに、高額な医療費も話題になりました。当初の薬価はなんと1瓶(100mg)約73万円。患者さん一人当たり年間3,500万円もかかります[現在のオプジーボ点滴静注100mgの薬価は155,072円(2023年3月改訂、効能変更・用法変更・用量変更)(第17版)]。
その後、キイトルーダ(肺がん、胃がん、大腸がん、肝がん)、イミフィンジ(肺がん)、バベンチオ(メルケル細胞がん、腎がん)、テセントリク(肺がん、肝がん)、ヤーボイ(悪性黒色腫、腎がん)など、続々と開発され、その多くが標準治療として使用されています(すべて商品名。( )内はおもな保険適用の対象となるがん種)。
たとえば、キイトルーダは、肺がん治療薬としてよく使われますが、キイトルーダ点滴静注100mgの薬価は214,498円(2022年11月 改訂)です。これを3週間ごとに200r(または6週間ごとに400r)投与しますので、1か月に1回または2回、年間の投与回数は16回から18回(6週間ごとの場合1か月に1回投与しない月もあり、年間8回から9回)となります。
3週間ごとに200rの場合、1回あたりの費用は428,996円ですが、実際の窓口負担はこの額の1割から3割で、さらに高額療養費制度の対象になれば、実質的な負担は下がります。
そこで、キイトルーダを投与し、高額療養費制度が適用された場合の自己負担限度額は次のとおりです(薬剤費のみ対象。診察費、併用薬の費用、検査費などは除く)(【図表2】参照)。
同じ薬剤であっても、所得区分や1か月の投与回数によって、大きな差が生じることがお分かりいただけるでしょう。
そして、1年間の継続した場合の投与スケジュールと各月の自己負担限度額は次のとおりです(【図表3】参照)。
2回投与する月と1回投与する月がだいたい交互にやってきて、4月以降は、多数該当の適用が受けられるため、1年間の実質的な自己負担額は653,340円(=86,010円×2回+81,720円+44,400円×9回(1か月約54,445円))です。
そして、6週間ごとの投与スケジュールの場合、1年間の実質的な自己負担額は524,430円(=86,010円×3回+44,400円×6回(1か月約43,702円)となり、3週間ごとよりも年間の自己負担額は約13万円も安くなります(【図表4】参照)。
このように、多数該当のしくみを利用して、年間の費用負担を軽減させる方法は有効ですが、もちろん、いずれの投与スケジュールが適しているか主治医とよく相談することが大前提です。しかし、医療者がこのしくみを熟知しているとは限りませんのでご注意ください。
【図表2】キイトルーダを3週間ごとに200r投与した場合の治療中の自己負担限度額/70歳未満
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所得区分 | 1か月あたりの自己負担限度額 | 4回目以降 (※筆者注釈) |
|
---|---|---|---|
1か月に1回投与 | 1か月に2回投与 | ||
①区分ア |
128,700円※1 |
252,760円 |
140,100円 |
②区分イ |
128,700円※1 |
170,400円 |
93,000円 |
③区分ウ |
81,720円 |
86,010円 |
44,400円 |
④区分エ |
57,600円 |
44,400円 |
|
⑤区分オ |
35,400円 |
24,600円 |
- ※参考:「高額療養費制度を利用される皆さまへ」(厚生労働省)
(https://www.mhlw.go.jp/content/000333279.pdf)などをもとに筆者が編集・作成 - ※1:3割負担の額が自己負担限度額を超えないため、高額療養費制度の適用対象外(四捨五入で算出)
- ※筆者注釈:この回数は投薬回数ではなく、高額療養費制度利用回数を指しています。
【図表3】所得区分ウ/3週間ごとに200r投与した場合/1回目は月初からスタートし、18回投与
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1月 |
2月 |
3月 |
4月 |
5月 |
6月 |
7月 |
8月 |
9月 |
10月 |
11月 |
12月 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2回 |
1回 |
2回 |
1回 |
2回 |
1回 |
1回 |
2回 |
1回 |
2回 |
1回 |
2回 |
1〜2 |
3回目 |
4〜5 |
6回目 |
7〜8 |
9回目 |
10〜11 |
12回目 |
13〜14 |
15回目 |
16〜17 |
18回目 |
1年間の実質的な自己負担額:86,010円×2回+81,720円+44,400×9回=653,340円(1か月約54,445円)
- ※筆者作成
【図表4】所得区分ウ/6週間ごとに400r投与した場合/1回目は月初からスタートし、9回投与
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1月 |
2月 |
3月 |
4月 |
5月 |
6月 |
7月 |
8月 |
9月 |
10月 |
11月 |
12月 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1回 |
1回 |
1回 |
投与 |
1回 |
1回 |
1回 |
投与 |
1回 |
1回 |
投与 |
1回 |
1回目 |
2回目 |
3回目 |
4回目 |
5回目 |
6回目 |
7回目 |
8回目 |
9回目 |
- ※筆者作成
月5万円の医療費でも平均給与の15%以上も占める
この金額が一般的な家計にどれくらいのインパクトを与えるのでしょうか?
国税庁の調査(※1)では、令和3年の平均給与は443万円(男性545万円、女性302万円)です。手取り(額面に対して8割)約354万円だとすると月収約30万円。仮に、月5万円の医療費がかかるとしても、月収の15%以上を占めることになります。
病気になっても、医療費以外に住宅ローンや家賃、子どもの教育費、基本生活費などはかかるわけですから、患者さんにとって、いかに大変な負担であるかが想像できるでしょう。
このように、高額療養費制度の適用を受けたとしても、通常の医療費に比べると高額なことに変わりはありません。しかも生存率の向上で治療期間は長期化しているのです。
がん治療を行う医療者は、「経済毒性」に対する理解を深め、いわば、患者さんの‘懐事情’を踏まえたうえで治療を行うべきという声があがるのももっともなことです。
国立がん研究センターがん対策研究所が実施した患者体験調査(※2)によると、治療費用の負担が原因で、がん治療を変更・断念したことがある人は、回答者全体で4.9%。グループ別では、希少がん4.2%と一般がん4.8%に対して、若年がん(19歳から39歳)11.1%と、1割を超えており、若い世代のがん患者さんにとって切実な問題になっています。
実際、筆者が相談を受けた40代シングル女性のがん患者さんは「主治医から月50万円の分子標的治療をすすめられた。年収が高いため、高額療養費制度の対象にならず、3割負担で15万円の支払いがずっと続く。とうてい負担できず治療を諦めた」という方がいらっしゃいました。その方いわく、主治医に「ホントにみんな、こんな金額払えているんですか?!少なくとも私はムリです」と伝えたそうです。
なお、経済的な理由からがん治療の変更・断念せざるを得ない状況については、本コラム第5話をご参照ください。
- ※1:国税庁ホームページ
(https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/minkan/gaiyou/2021.htm) - ※2:国立がん研究センターがん対策研究所「患者体験調査報告書 平成30年度調査」
がん保険に加入していたため「経済毒性」が緩和
では、これらの「経済毒性」は解消できないものでしょうか?
ここで、高額な薬物療法を受けたものの、がん保険に加入していたため経済毒性が緩和された事例をご紹介したいと思います。
会社員のA子さん(50代)は、ご相談者と同じくシングル女性です。数年前に乳がんを発症し、右乳房を全摘。ホルモン治療を継続していましたが、昨年4月に転移がみつかりました。翌月、入院して、腋窩リンパ節切除と肺がん(転移)の摘出手術を行い、7月から放射線療法(25回照射)、8月から薬物療法(イブランス・フェソロデックス併用)を開始しています。
イブランス(一般名パルボシクリブ)は、進行・再発乳がんに適応を持つ経口分子標的薬で、日本では2017年に承認されました。A子さんのようにホルモン治療薬と併用して治療を行うのが一般的です。
転移が見つかったといえ、A子さんの体調は、これまでとまったく変わりないそうで、仕事も継続されています。
ただ、唯一、A子さんの頭を悩ませているのが、毎月の医療費が高額なこと。以下は、再発してから6か月のA子さんの医療費の状況を一覧にしたものです(【図表5】参照)。
合計約76万円ですが、毎月10万円以上が医療費として財布から出ていくのは、本当に大変だとおっしゃいます。「働いていますし、貯蓄もそれなりにありますが、これから老後に向けて、貯めていきたいときに、どんどん取り崩していくのは怖いですよ」とのこと。
そして、A子さんの場合、高額療養費制度の限度額適用認定証(以下、認定証)を医療機関に提出しているにもかかわらず、窓口負担が所得区分ウの自己負担限度額までで済んだのは7月分のみ。それ以降の治療が自己負担限度額以上になっている理由は、経口薬が院外処方だからです。
つまり、病院と薬局それぞれの支払いは、認定証によって限度額までですが、病院と薬局を同一人合算して、高額療養費制度の適用を受けるためには、あらためて申請しなければなりません。
協会けんぽの場合、高額療養費が支給されるのは申請月から3か月以上かかります。A子さんも8月分を申請して支給されたのが12月でした。
患者さんの中には、治療が長期にわたり、高額療養費制度が適用になっても、支給されるまでの立て替え払いが難しく、院内処方を希望する方も少なくないと聞きます。
ただ、A子さんの場合、がん保険に加入していたおかげで経済毒性はかなり緩和されました。
A子さんが加入していたがん保険は、手術や放射線治療、抗がん剤治療、ホルモン治療など治療を受けた月ごとに10万円(通算600万円)が受け取れる商品で、仮に、薬物療法が続いても、5年間は医療費の多くをまかなうことが可能です。
がん保険によって、再発後の医療費を一定期間、担保できるだけでなく、患者さんが安心して治療を受けられるという精神的不安も軽減された事例でした。
【図表5】再発後6か月のA子さんの毎月の医療費の状況
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時期 | 治療内容 | 医療費の自己負担分(3割) |
---|---|---|
2022年5月から6月 | 入院・手術 |
約150,000円 |
7月 | 放射線療法 |
82,489円(※1) |
8月 | 放射線療法・薬物療法 |
150,674円 |
9月 | 薬物療法 |
138,873円 |
10月 | 〃 |
114,829円 |
11月 | 〃 |
123,000円 |
- ※筆者作成
- ※1:高額療養費制度適用後・所得区分ウ
結局のところ、がん保険は継続すべき?解約すべき?
実際の医療現場において、経済毒性に苦しむ患者さんの多くは、低所得かつ貯蓄も少なく、がん保険などに加入する経済的余裕がない方がほとんどです。
その方々に比べれば、安定した収入や貯蓄があり、がん保険にも加入していたA子さんは、経済的余裕のある人に分類されるでしょう。ただ、それでもA子さんは、薬物療法の負担は大きいと感じていました。
さて、これまでのことを振り返って、ご相談者のご質問に戻りましょう。
このような最近のがん治療とがん患者さんの現状をきちんと理解したうえで、もしがんに罹患したときは、貯蓄でまかなう。仕事は辞めない。がん検診を受けたり、生活習慣に注意したり、がんにならないよう予防に努め、早期発見を心がけるというのであれば、がん保険は不要です。2024年から拡充された新NISAがスタートすることですし、投資にチャレンジするのにはよい機会です。
しかし、もし今がんに罹患し、高額な薬物療法を受けることになったら、自分も経済毒性の影響を受けるかもしれないと感じられたのであれば、このままリタイアするまではがん保険を継続されてはいかがでしょうか?
50代女性の場合、子宮頸がんや乳がんの罹患リスクが減少していく一方、子宮体がんや卵巣がんは更年期後。大腸・胃・肺などのがんは、男性と同じく年齢とともにリスクが高くなっていくことをお忘れなく!
<参考>
白土博樹(2022)「がん治療の経済毒性と「治療と仕事の両立支援」」『癌と化学療法』第49巻 第5号
本多和典(2018)「がん治療に伴う“経済毒性”の評価」第45巻 第5号
厚生労働省「DPCにおける高額な新規の医薬品等への対応について」
NPO法人キャンサーネットジャパン「もっと知ってほしいがんの分子標的薬のこと」
https://www.cancernet.jp/wp-content/uploads/2014/05/w_bunshinoli.pdf
NPO法人キャンサーネットジャパン「もっと知ってほしいがんの免疫療法のこと」
https://www.cancernet.jp/wp-content/uploads/2016/02/w_meneki190510.pdf
執筆年月日:2023年5月18日
執筆監修 黒田 尚子(くろだ なおこ)
CFP® 1級ファイナンシャルプランニング技能士
一般社団法人患者家計サポート協会顧問
CNJ認定 乳がん体験者コーディネーター
消費生活専門相談資格
執筆監修 黒田 尚子(くろだ なおこ)
CFP® 1級ファイナンシャルプランニング技能士
CNJ認定 乳がん体験者コーディネーター
消費生活専門相談資格
富山県出身。立命館大学法学部修了後、1992年(株)日本総合研究所に入社、SEとしてシステム開発に携わる。在職中に、自己啓発の目的でFP資格を取得後に同社退社。1998年、独立系FPとして転身を図る。現在は、セミナー・FP講座などの講師、書籍や雑誌・Webサイト上での執筆、個人相談を中心に幅広く行う。2009年末に乳がん告知を受け、自らの体験をもとに、がんをはじめとした病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動を行うほか、老後・介護・消費者問題にも注力している。近著に[がん患者(サバイバー)が教えてくれた本当のところ がんとお金の真実(リアル)](セールス手帖社保険FPS研究所)、[お金が貯まる人は、なぜ部屋がきれいなのか「自然に貯まる人」がやっている50の行動](日経BP)など。
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正社員として働くアラフィフ女子です。独身で子どももいません。マンションは10年前に購入し、仕事も順調です。今の心配事といえば、老後のことくらいです。でも、最近、身近な同年代の友人・知人が立て続けに乳がん、大腸がんになりました。・・・>続きを読む
【第13話】男女別がん保険の考え方(女性編)
2022年4月20日(水)
夫は会社員、私はパートで働いています。二人とも40代前半ですが、結婚が遅かったため、子どもはまだ5歳で、これから教育費もかかりますし、マイホームも購入するつもりです。・・・>続きを読む
【第14話】男女別がん保険の考え方(男性編)
2022年5月10日(火)
50代前半のフリーランスです。以前は会社員でしたが、約10年前に独立し、Web制作などを行っています。妻は4歳年下で、正社員として勤務していましたが、昨年、乳がんと診断を受け、現在も治療を続けています。・・・>続きを読む
【第15話】AYA世代とは?AYA世代とがん保険
2022年8月9日(火)
30代の独身女性です。2年前に乳がんと診断されました。ステージはT期で、早期発見できたのはよかったのですが、まだホルモン治療中で10年間治療をする予定です。・・・>続きを読む
【第16話】がん保険に「患者申出療養」への備えは必要か?
2022年11月1日(火)
50代男性です。これまでがん検診などでは異常を指摘されたことはありませんが、妻が乳がんになったことをきっかけに3年前からがん保険に加入。がん診断一時金や抗がん剤治療など通院治療に対する給付金も支払われます。・・・>続きを読む
【第17話】がん保険に加入しても保険金が受け取れない!?90日の「待機期間(待ち期間)」とは?
2022年12月22日(木)
先月、がん保険に加入したばかりです。加入した時はまったく体調に問題はなかったのですが、最近、胸にしこりがあるような気がしてなりません。現在43歳で、自治体のがん検診は定期的に受けています。・・・>続きを読む
【第18話】リスク高まる60代以降の高齢者に「がん保険」は必要か?
2023年3月14日(火)
先月、子宮頸がんと診断された20代の会社員です。医療保険には入っており、入院や手術の給付金を受け取りましたが、診断一時金や通院保障などはなく、やっぱり、がん保険も入っておけば…と後悔しています。・・・>続きを読む
【第19話】本当にがん保険は不要?がん治療の「経済毒性」とがん保険の役割
2023年5月18日(木)
10年前から御社の「SBI損保のがん保険」に加入しています。保険料が割安で自由診療も含めて幅広く補償が受けられる点に魅力を感じて契約しました。ただ、50代も半ばになり、保険を見直して、老後に備えて貯蓄や資産運用に回したほうがよいのではと悩んでいます。・・・>続きを読む
【第20話】がん患者のアピアランスケアとがん保険
2023年9月21日(木)
先日、美容院に行った際、「ヘアドネーション」のチラシを目にしました。小児がんや先天性の脱毛症、不慮の事故などで、頭髪を失ったお子さんのために寄付された髪の毛でウィッグを作り、無償で提供する活動だそうです。このような取り組みがあることを初めて知りました。・・・>続きを読む
【第21話】がん遺伝子パネル検査とがん保険
2023年12月12日(火)
50代男性です。先日、会社の同期が肺がんと診断されました。ステージWでほかの臓器に転移している状態のため、薬物療法を受けるそうです。でも、まだ体力がある間に、がん遺伝子パネル検査を受けようか悩んでいると言っていました。・・・>続きを読む
【第22話】〜子宮頸がんとがん保険〜子宮頚部の異形成と診断!がん保険には加入できる?
2024年3月19日(火)
20代独身の会社員です。先日受けた子宮頸がん検診で要精密検査の通知が届き、婦人科で検査を受けたところ、「中等度異形成」と診断されました。医師からは、がんではないと言われています。・・・>続きを読む
【第23話】知っておきたいがん保険の「付帯サービス」の活用法
2024年6月14日(金)
最近、保険会社の付帯サービスが目に付くようになりました。いろいろなものがあるようですが、付帯サービスは、すべて無料で受けられるのでしょうか。また、どうして保険会社では付帯サービスを提供するのでしょうか。・・・>続きを読む
【第24話】資産形成とがん保険
2024年7月31日(水)
SBI損保のがん保険(自由診療タイプ)に加入している40代独身(男性)の会社員です。今度、5年間ごとの更新時期を迎え、保険料があがってしまいます。数年前から、将来のためにNISAで積立投資も始め、・・・>続きを読む
【第25話】がん検診でがんが見つかる人はどれくらい?〜がん検診のメリットとデメリット〜
2024年11月22日(金)
今年20歳になる大学生の娘に自治体から子宮頸がん検診の案内が届きました。近年、子宮頸がんは若年化が進んでいるそうですし、もちろん検診は受けさせるつもりです。ただ、がん検診でがんが見つかる人はどれくらいいるのでしょうか?・・・>続きを読む
2023年4月 23-0039-12-001