放射線治療の医療現場から見た経済とがん保険の問題

放射線治療の医療現場から見た経済とがん保険の問題

日本人の2人に1人ががんにかかる時代と言われています。
がんは不治の病、と言われた時代もありましたが、昨今のがん治療の飛躍的な進歩・高度化により、進行状態やステージにはよるものの、いまや治せる病、と言われる時代となっています。
一方で、がん治療費は高額になることがありますので、これからは、最善の治療を費用の心配なく選択することが重要になってきます。

  • [出典]国立がん研究センターがん情報サービス「最新がん統計」がんに罹患する確率〜累積罹患リスク(2017年データに基づく)

がん診療に直接携わる医師にご執筆いただきました

『AskDoctors 医師の確認済み商品』マークとは
約30万人以上の医師会員を有する日本最大級の医療従事者向けポータルサイト「m3.com」を運営するエムスリー株式会社が、医師による商品やサービスの評価を行い、一定基準を満たした場合にのみ付与されるマークです。

当社はこのたび、がんの診療に直接携わる医師100名に、SBI損保のがん保険について「他人への推奨意向」「自身での利用意向」の調査を実施し、その中でコメントを寄せてくださった順天堂大学医学部放射線治療学講座 准教授 川本 晃史先生に、放射線治療の医療現場の観点から「転移性脳腫瘍(転移して発症した脳のがん)」と「乳がん」を例に患者さまの動向とがん保険の課題についてご執筆いただきました。

※ 医師による評価の調査についてはこちら

はじめに

今回、がん保険コラムを執筆させて頂きます順天堂大学医学部放射線治療学講座の医師の川本晃史と申します。放射線治療の医療現場から見たがん治療費とがん保険の問題点に関して執筆させて頂きます。

放射線治療の医療現場1
転移性脳腫瘍に対する放射線治療

ポイント

転移性脳腫瘍(転移して発症した脳のがん)はがん患者の少なくとも約10%に生じ、他人ごとではない病気です。
脳全体に放射線を照射する治療を選択すると再発の防止にはなりますが、健康な細胞も傷つけ認知機能障害を発症してしまう可能性があるため、ピンポイントに照射する治療を繰り返し行うことが勧められています。しかし、この場合治療が長期化し、経済的に負担が増えていってしまいます。先生によれば、経済的な事情から最善の治療を選択できないということが医療現場では起こっているようです。

がん患者の約10%に生じる転移性脳腫瘍

転移性脳腫瘍(ほかの臓器から転移して発症した脳のがん)はがん患者の少なくとも約10%に生じると報告されています。
2017年における悪性新生物(がん)の発症予測が約101万人であることから、少なくとも国内では毎年約10万人の患者に転移性脳腫瘍が生じていると考えられます1)。 脳に転移したがんは、麻痺や言語障害、めまいなどの神経症状及び頭痛や吐き気など浮腫による症状をもたらし、がん患者の生活の質に影響を及ぼします。

放射線照射後の副作用の問題

従来は、がん細胞が血管やリンパ管に入り込んだ後に別部位に転移し、増殖する遠隔転移のあるステージIVの転移性脳腫瘍をがんの末期と考え、がんを改善するための治療(積極的治療)の終了を意味していました。

しかし、がんの3大治療である手術、放射線治療、化学療法の目覚ましい進歩によってこのがんをいかにコントロールするかが近年の治療において重要な課題とされています。

転移性脳腫瘍に対する治療法として非常に重要な役割を担う放射線治療は、脳全体を照射する全脳照射と、局所病変へピンポイントの照射を行う定位放射線治療の2つに分かれます。
これまでは、画像上で認められる転移が少数個であっても脳全体に腫瘍が散らばった状態と考えられていたため、脳全体を照射する全脳照射が歴史的に標準治療として確立していました2)

しかし、脳全体に放射線を照射するため、正常な細胞を傷つけてしまい、照射から数か月後以降に副作用として認知機能障害を発症する可能性があります。
特に近年は、各種治療の進歩により、転移性脳腫瘍の長期生存が可能になったこともあり、全脳照射に伴う副作用が問題となっています3)

最善の治療の選択

副作用が発症しないように、転移が少数個の転移性脳腫瘍に対して、脳全体に照射を行わずに病変のある部分へピンポイントの照射を行う定位放射線治療を行う治療が選択され始めました。
これによって、認知機能障害の発症を減らすことが可能となります。ただし、脳全体に照射を行わないことにより、その後の転移性脳腫瘍の再発は増加してしまうため、定位放射線治療後は画像検査による厳重な経過観察を行い、再発した場合は速やかに定位放射線治療を繰り返していくことが必要となります。

副作用で生活の質を落とす治療を選択せざるを得ない現実

現在は健康寿命を伸ばすことが可能となる定位放射線治療を繰り返していくことがトレンドとなっていますが、長期にわたる検査と治療を含む通院及び入院費により、がん患者の経済面で負担となることが問題となります。
臨床現場では経済面を考えて全脳照射を提案することは可能ですが、あえて生活の質を落とす治療を行うことは、放射線治療医の立場からするとためらわれる選択となります。

放射線治療の医療現場2
乳がん術後放射線治療

ポイント

乳がんは日本人女性が最も多く発症するがんで、年々発症率は増加しています。乳房の形を保つため部分切除を行い、乳房全体に放射線を照射する治療が死亡率を減少させ、有効的だとされています。
その中でも、照射回数を減らすことが出来る寡分割照射を推奨されています。これは、通院回数を減らす事が出来るため、コロナウイルス感染のリスクも軽減出来ます。しかし、この治療法の場合、保険会社の保険金支払い条件を満たさないことがあります。先生によれば、保険金を受け取るために最善の治療を選択できないということが医療現場では起こっているそうです。

乳がん治療に重要な放射線治療

乳がんは日本人女性が発症するがんの中で最も多く、2017年における発症数は約10万人であり、その発症率は増加の一途をたどっています1)
日本放射線腫瘍学会の調査では、放射線治療を受ける女性の約46%が乳がんを発症しており、全がん種のうち最多であったと示されていることから、乳がんは放射線治療の役割が大きい疾患と考えられています4)

乳がんの治療方法

乳房を全部摘出することなく、部分的に切除し乳房の変形が軽度になるように形を整える手術(乳房温存術)後に、乳房全体に放射線を照射する全乳房照射を行うことで、放射線治療を行わなかった場合と比べ、10年間の累積局所再発(手術を受けた側の乳房やその周辺にみられる再発)が明らかに減少し(19.3% vs. 35.0%)、15 年間での乳がん死も減少する(21.4% vs. 25.2%)ことが示されています5)

現時点では、乳がんの放射線治療にあたり、全乳房照射を省略してもよい患者を見分けることは難しいため、早期の乳がんに対しては、より本来の乳房の形が保たれる乳房温存術後に全乳房照射を行うことが第一選択として推奨されています6)

乳がんの放射線治療

がん細胞を死滅させるためには、多量の放射線を照射する必要がありますが、一度に多量を浴びると致死量に達してしまうため、放射線を複数回に分割して照射し、合計の線量ががんを殺すことができる線量に達するようにします。
乳房温存手術後の全乳房照射では、50 Gy(グレイ)※1という線量を25回(5週間)に分割して照射(すなわち1回2 Gy)する方法が一般的に行われてきました。

しかし、この照射方法(通常分割照射)は治療期間が長期に渡るため、患者にとって負担が大きいものでした。

そのため、患者の負担を軽減し、利便性の向上を図ることを目的として、1回の線量を増加させ、照射回数を減少させた寡分割照射の有効性と安全性を検証する臨床試験が海外で複数行われました。これらの試験の結果から患者の負担の少ない寡分割照射は通常分割照射と比べ、局所および局所領域再発、無病生存率、死亡率に差を認めず、さらに、寡分割照射は副作用である乳房浮腫、毛細血管拡張、皮膚炎が減少することが示されました7)

国内では、JCOG(Japan Clinical Oncology Group)により、42.56 Gy(グレイ)/16回/一回当たり線量2.66 Gy(グレイ)/22日の寡分割照射に関する安全性と有用性の検証が行われ、国内でも標準線量分割の一つとされています8)

国内の日本乳癌学会乳癌診療ガイドライン 2018年版では、全乳房照射において、患者の負担の少ない寡分割照射は50歳以上、乳房温存手術後に抗がん剤治療を行っていない早期の乳がんの患者では強く勧められるほか、上記以外の患者ではデータがいまだ十分とは言えないことから、行うことを弱く推奨するとされています9)

  • ※1
    (Gy:吸収線量の単位)

推奨治療とがん保険給付の問題

このように寡分割照射では患者の負担を軽減し、利便性の向上を図ることができる上、現在では通院回数を減らしてコロナウイルス感染のリスクを軽減し、治療完遂の向上を図ることができます。

しかし、従来のがん保険の多くは「放射線治療を行った場合の保険金給付は総線量が50 Gy(グレイ)以上」という規定があるため、患者の負担を軽減できる寡分割照射に関する保険金給付が行われていないという実態が問題となっています10)
これまでに行われた保険金給付に関する調査として、乳がん術後の50 Gy(グレイ)に満たない寡分割照射を行った130名のうち32名よりアンケート調査の回答を得たところ、保険加入者は22名(69%)であり、のべ24社の放射線治療に関する生命保険に加入していたが、その内15/24社(63%)で保険金給付が行われていませんでした11)

この規定により、臨床現場では確実な保険金給付を考えて、あえて通院回数の多い50 Gy(グレイ)/25回/5週間の治療を希望する患者もいます。
臨床現場ではがん保険を考えて従来の照射を提案することは可能ですが、あえて患者の負担を強いる治療を行うことは、放射線治療医の立場からするとためらわれる選択となります。

順天堂大学医学部放射線治療学講座 准教授 川本 晃史

執筆いただいた先生:
順天堂大学医学部放射線治療学講座 准教授 川本 晃史

同大学を卒業後、都立病院で研修。その後、同大学にて放射線治療に関わる臨床・研究・教育に従事している。研究のテーマの一つとして放射線治療に関わるがん保険があり、本コラム記事を担当している。

91.4%の医師が患者さまの経済的事情により、
がんの治療計画を見直したことがある

がん治療は日々進歩していますが、患者さまの経済的な事情やご加入されている保険の内容によって、がんの治療計画を見直さざるを得ない場合があります。
医師にがん治療のアンケートを行ったところ、患者様の経済的事情によりがん診療計画の見直しを行った経験のある医師は、91.4%となりました。

医師アンケート調査についてはこちら

経済的な備えと、がんの治療方法の選択は密接に関連します。万が一のために、がんへの備えを行うことが重要となってきます。
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参考文献

1) 厚生労働省: 全国がん罹患数・率 報告, 2017
2) Order S. E.ほか: Improvement in quality of survival following whole-brain irradiation for brain metastasis. Radiology 91: 149-153, 1968
3) Brown P. D.ほか: Effect of Radiosurgery Alone vs Radiosurgery With Whole Brain Radiation Therapy on Cognitive Function in Patients With 1 to 3 Brain Metastases: A Randomized Clinical Trial. Jama 316: 401-409, 2016
4) 日本放射線腫瘍学会:放射線治療症例全国登録事業 (Japanese Radiation Oncology Database:JROD) 2018年度調査報告書., 2018
5) Darby S.ほか: Effect of radiotherapy after breast-conserving surgery on 10-year recurrence and 15-year breast cancer death: meta-analysis of individual patient data for 10,801 women in 17 randomised trials. Lancet 378: 1707-1716, 2011
6) National Comprehensive Cancer Network. NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology Breast Cancer. version 4. 2021. (https://www.nccn.org/professionals/physician_gls/pdf/breast.pdf) [Accessed 20 June 2021]
7) Andrade T. R. M.ほか: Meta-analysis of long-term efficacy and safety of hypofractionated radiotherapy in the treatment of early breast cancer. Breast 48: 24-31, 2019
8) Nozaki M.ほか: Final analysis of a Multicenter Single-Arm Confirmatory Trial of hypofractionated whole breast irradiation after breast-conserving surgery in Japan: JCOG0906. Jpn J Clin Oncol 51: 865-872, 2021
9) 日本乳癌学会:乳癌診療ガイドライン1 治療編 2018年版 第4版.金原出版,2018
10) 河野 康一ほか: がんの放射線治療に対する給付要件である総線量50 Gy規定の廃止について. 日本保険医学会誌 110: 156-162, 2012
11) 久能木 裕明ほか: 乳房温存術後の50 Gy未満の短期照射法における生命保険の保険料の認可の状況調査報告. 日本放射線腫瘍学会第25回学術大会, 2012

2021年11月 21-0349-12-001