がんにかかった今だから言えること 「がん」と「お金」と「がん保険」
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遺伝性乳がんの疑いが…。乳房を予防的切除した場合、がん保険の補償は受けられる?

相談者

相談者:先日、乳がんの告知を受けた40代の会社員です。これから、手術・入院、抗がん剤治療などを行う予定ですが、実は、母と祖母も乳がんを経験しており、遺伝性乳がんではないかと心配です。4月から遺伝子検査が保険適用となったと聞き、検討しています。もし、乳房や卵巣の予防的切除をした場合、医療保険やがん保険から給付金はもらえるでしょうか?

黒田FP:2020年4月から、遺伝性乳がんの一つであるHBOCの患者さんに対する遺伝子検査や予防的切除が保険適用になっています。実際に、予防的切除のための入院や手術が給付金の支給対象になるかは、保険会社や保険の種類によってケースバイケースです。ただし、保険適用となる遺伝子検査や予防的切除、再建費用など、一連の費用がすべて給付の対象になるがん保険もあります。

乳がん患者の3〜5%が「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」の可能性がある

一般的に、がんの原因は、生活習慣や感染によるものが多いと言われています。乳がんも同じですが、遺伝的な要因で発症する場合も5%~10%あり、その中で最も多くの割合を占めるのが、HBOC(エイチボック)です。
HBOCとは、「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(Hereditary Breast and Ovarian Cancer syndrome)」のこと。HBOCの患者さんは、BRCA1(ビーアールシーエーワン)またはBRCA2(ビーアールシーエーツー)と呼ばれる遺伝子のどちらかに病的な変異があることがわかっています。これらの遺伝子に異常があると、乳がんだけでなく、卵巣がん、前立腺がん、すい臓がんなどを発症するリスクが高いのです。

ご相談者さんが、不安に感じて遺伝子検査の受診をお考えのように、気になるのが、HBOCの患者さんがどのくらいいるのか?という点でしょう。
国立がん研究センターの報告によると、乳がんは女性が発症するがんで最も多く、罹患者は2016年のデータで約9万4,800人。おおむね10人に1人が一生のうちで乳がんと診断されます。このうち約3%~5%(2,700〜4,500人)がHBOCの患者さんの可能性があります。
そして、卵巣がんの罹患者数は、約1万3,400人で、79人に1人と、乳がんに比べると罹患者数は少ないものの、HBOCの患者さんは10%(1,000人)と報告されています。

また、これらの数字は、がんを発症した患者さんに関するものです。HBOCは、がんの既往歴にかかわらず、一般的に、200〜500人に1人が該当すると言われていますので、まだがんに罹患していない人でも、HBOCの可能性はあるということです。

乳がん患者の3〜5%が「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」の可能性がある

がん発症リスクが高い「HBOC」の特徴は?

がん発症リスクが高い「HBOC」の特徴は? がん発症リスクが高い「HBOC」の特徴は?

筆者も約10年前に乳がんと診断され、治療を行いましたが、ご相談者さんと同じように、「遺伝性がんかもしれない…」と不安になりました。すでに、父をすい臓がん、祖母を卵巣がんで亡くしていたからです。
そこで、治療が落ち着いた時点で、遺伝子カウンセリングを自費で受けました。その結果、遺伝性がんの可能性は低いと言われたため、遺伝子検査までは受けませんでした。でも、可能性が高ければ、次のステップに進んだかもしれません。
そこまでして調べようと考えたのは、まだ幼い娘の将来が心配だったこと。そして、もし自分がHBOCなどの遺伝性がんならば、再び、がんになる確率が格段に高いと知ったためです。

例えば、日本人(女性)が、一生のうちで乳がんになる割合は約10%ですが、BRCA1やBRCA2の遺伝子変異がある場合、約40〜90%に跳ね上がります。卵巣がんについても、日本人の一般罹患率約1%に対し、約20〜60%という高い確率です(【図表1】参照)。

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【図表1】
がんの種類 日本人一般の生涯罹患率 欧米一般人の生涯罹患率 BRCA1遺伝子に病的バリアントがある BRCA2遺伝子に病的バリアントがある
乳がん
(女性)
10.3% 12% 46〜87% 38〜84%
乳がん
(男性)
0.1%(欧米) 0.1% 1.2% 最大8.9%
卵巣がん 1.3% 1〜2% 39〜63% 16.5〜27%
前立腺がん 9.7% 69歳までに6% 65歳までに8.6% 65歳までに15%
生涯を通じて20%
膵臓がん 2.5%(男性)
2.4%(女性)
0.50% 1〜3% 2〜7%

「HBOC」は乳がんだけでなく卵巣がんのリスクも高い

「HBOC」は乳がんだけでなく卵巣がんのリスクも高い

とくに、卵巣がんは、「サイレントキラー(沈黙の病気)」といわれ、自覚症状のないまま進行しがちです。患者さんは進行した状態で発見されることが多いそうで、乳がんなどに比べると治療成績があまりよくありません。さらに、進行がんで見つかるわけですから、再発リスクが高く、治療も難しくなります。
実際に、祖母を卵巣がんで亡くし、診断時や末期の状態を知っているだけに、他人事とは思えませんでした。HBOCは、乳がんだけでなく、卵巣がんも発症するリスクが高く、もし、乳がんサバイバーである筆者がHBOCであれば、乳がんの再発リスクと同時に卵巣がん発症リスクへの備えが必要です。

以下は、「HBOCの可能性を知るチェックリスト」です(【図表2】参照)。自分や家族(母方、父方それぞれの家系)の中で、一つでも該当する方がいた場合、HBOCの可能性が一般より高いと考えられます。

【図表2】

  • 40歳未満で乳がんを発症した方がいますか?
  • 年齢を問わず卵巣がん(卵管がん・腹膜がん含む)の方がいらっしゃいますか?
  • ご家族の中でお一人の方が時間を問わず原発乳がんを2個以上発症したことがありますか?
  • 男性の方で乳がんを発症された方がいらっしゃいますか?
  • ご家族の中でご本人を含め乳がんを発症された方が3名以上いらっしゃいますか?
  • トリプルネガティブの乳がんと言われた方がいらっしゃいますか?
  • ご家族の中にBRCAの遺伝子変異が確認された方がいらっしゃいますか?
  • トリプルネガティブ:がん細胞に2つの女性ホルモン受容体(エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体)が認められず、HER2タンパクの過剰発現もないタイプの乳がん。薬物療法が抗がん剤などに限定されるため、他のサブタイプに比べて早く無治療になる可能性や再発率が高い。乳がん患者のうち約10%を占めている。

2020年4月から「HBOC」の遺伝子検査や予防的切除が保険適用に

もし、HBOCと診断された場合、治療はどうなっているのでしょうか?
欧米では、BRCA1・BRCA2遺伝子に異常があると認められた場合、リスク低減のため両側乳房切除術、卵巣卵管切除術、あるいは薬物による化学予防が行われます。
費用に関しても、例えば、英国の場合、遺伝子検査から予防切除、乳房再建まですべて税金(国民保健サービス)でまかなわれるなど、一般的な医療措置となっています。

2020年4月から「HBOC」の遺伝子検査や予防的切除が保険適用に

一方、日本の場合、これまですべて公的医療保険の対象外。予防的切除については、希望者に対して、日本の各医療施設の倫理委員会の承認を得たうえで、自由診療で行われます。
自由診療ですから、費用は全額自己負担です。受ける検査の種類や医療機関によって異なりますが、遺伝子検査は約20万〜30万円。予防的乳房切除の場合、その後に乳房再建をセットで行うケースがほとんどですので、費用の総額は約200万円にものぼることがあり、高額な費用は、HBOCの患者さんの大きな負担でした。

それが、2020年度診療報酬改定において、2020年4月以降、乳がん、卵巣がん、卵管がんの患者さんで、HBOCが疑われるなどの条件を満たす方を対象に、遺伝子カウンセリングや遺伝子検査が保険適用となりました。
また、HBOCであることが判明しているなど、一定の条件を満たした方であれば、乳房や卵管・卵巣の予防的切除や乳房再建、定期検査(切除を希望しない方向けのがんの有無を調べるMRI検査や超音波検査など)が保険適用となっています。

これまで、国は、未発症部位への予防治療を給付対象としない方針を厳守してきました。公的医療保険の対象となるのは、あくまでも傷病に対する治療が大原則。限りある医療費財源を公平・公正に分配するためには、まだ病気を発症していない予防治療にまで保険適用を広げるわけにはいかないという姿勢だったのです。
その観点からも、今回のHBOCの患者さんに対する予防的切除等への保険適用は大きな意味を持つものだと考えられます。

乳がん患者の半数以上が遺伝子検査を受けたいと希望

がんによる支出に対して収入は1/3程度

4月以降、保険適用になったことで、遺伝子カウンセリングや検査を受ける方や問い合わせは増えているようです。
乳がんと診断された20歳以上の患者さんを対象に行った調査(※1)では、BRCA1/2遺伝子検査の認知状況について、認知56.7%、非認知43.3%と、やや知っている方が多いという結果になりました。

遺伝子検査の受診意向については、受けたいと思う方が57%と大半を占め、BRCA1/2遺伝子検査の認知有無別にみても、知っていた方の41%、知らなかった方でも75%が「受けたい」と回答しています。受けたい理由としては、「自身のがんリスクについて知りたい」(78.8%)、「家族のがんリスクについて知りたい」(62.9%)、「治療選択肢を増やしたい」(37.1%)のほか、「主治医(かかりつけ医)に勧められたから」(4.5%)もわずかながら挙がっています。
保険適用になったことで、医療者も、以前は、濃厚な家族歴がある若年性乳がんの患者さんに対してのみお勧めしていた遺伝子検査の話を、今では、家族歴がなくとも若年性乳がんであればお伝えしているとも聞いています。

また、実際に、医療者から「対象になっているのでご検討ください」と資料を渡され、悩んでいるという患者さんもいらっしゃるようです。患者さんからは、「検査の結果は知りたいが、「陽性」だったら、その事実を受け止められるかどうか自信がない」あるいは、逆に「「陰性」でも、それなら若くしてなぜがんに?という気持ちが起きそう」などの声が挙がっています。

筆者の私見として、これまでは、乳がんの治療後に、「家族歴があるので、遺伝子カウンセリングや遺伝子検査を受けてみますか?」といったパターンが多かったのではないかと思いますが、今後は、治療と並行して遺伝子検査を受け、がん摘出と同時に予防的切除まで行うパターンも増えるかもしれません。入院や手術も1回で済み、身体的負担だけでなく経済的負担も軽減できるはずです。

予防的切除で入院・手術をした場合に民間保険の補償は受けられる?

冒頭のご相談者の質問にあったように、予防的切除で入院・手術をした場合、民間保険の対象となるかどうか気になります。
現時点の結論としては、「保険商品や保険会社による」という曖昧な表現に留まります。というのも、筆者がいくつかの生命保険会社に確認したところ、それぞれ対応が異なっており、一言で対象の可否をお伝えできません。

予防的切除で入院・手術をした場合に民間保険の保険金は受けられる?

例えば、A社では、医療保険について、保険約款上、入院給付金は「病気の治療を目的とした入院」、手術給付金は「公的医療保険制度に基づく以下診療報酬点数表によって手術料の算定対象として列挙されている診療行為」が対象になると規定されており、保険適用されているのであれば、給付金が受け取れるという回答でした。また、B社の回答は、そもそも予防的切除等を「病気の治療のための入院・手術」ととらえておらず、医療保険は対象外。がん保険も、予防的切除が、診断確定された時点のがんの直接の治に該当しないと考えられるため、対象外になるとのこと。さらに、C社では、がん保険について「契約内容や診断・治療内容等を確認して慎重に支払可否を判断します」という回答などなど、まさにケースバイケースと言わざるを得ません。

唯一、明確な回答が得られたのは、自由診療も含めた治療費を補償するタイプのがん保険です。
このような商品は、保険適用になるのであれば、治療とみなされて、遺伝子検査や予防的切除、再建手術など、一連の費用はすべて対象となります。
ただし、商品によっては、例えば、乳房再建を後日、自由診療で行った場合には補償の対象外となるなど、細かな点について注意が必要です。

いずれにせよ、HBOCの患者さんが、遺伝子検査や予防的切除を行う場合、治療前に、ご自分が加入している民間保険の契約内容を確認することが大切です。
医療の進歩に民間保険がどのように対応していくべきか?私たちは、医療の選択の幅を広げるために、どのように備えておくべきか?
これからも考えなければならない問題は多く、それぞれの動向を引き続き、注視していきたいと思います。

<参考>

執筆監修 黒田 尚子(くろだ なおこ)

執筆監修 黒田 尚子(くろだ なおこ)

CFPR 1級ファイナンシャルプランニング技能士
CNJ認定 乳がん体験者コーディネーター
消費生活専門相談資格、第2種情報処理技術者資格
初級システムアドミニストレータ員資格

富山県出身。立命館大学法学部修了後、1992年(株)日本総合研究所に入社、SEとしてシステム開発に携わる。在職中に、自己啓発の目的でFP資格を取得後に同社退社。1998年、独立系FPとして転身を図る。現在は、セミナー・FP講座等の講師、書籍や雑誌・Webサイト上での執筆、個人相談を中心に幅広く行う。2009年末に乳がん告知を受け、自らの体験をもとに、がんをはじめとした病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動を行うほか、老後・介護・消費者問題にも注力している。

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